益田のつぶやき

⑱オリンピック・パラリンピックに反対する。

2019.6月末日

私はオリンピックに反対だ。まず、世界中からわざわざ一か所に集まって何かをするというイベントそのものに反対。北半球も南半球も運動するのにちょうどよい季節の一か月、マラソンはギリシャ、サッカーはブラジル、野球はアメリカ、卓球は中国、柔道は日本というように世界中で一斉に開催して、応援したい人は近くの競技を見に行けばいいし、あとはいろいろなメディアで観戦すればよい。一極集中で金儲けを企む制度そのものに反対。
もう一つは、なぜ誰も彼もが少しでも早く、少しでも強く、少しでも美しくと競い、争い、勝つことを目指さなければならないのか、というオリンピックの精神に反対。更に、体の一部に運動機能を損なう事情を抱えた人が、その不都合を克服してまで同じように競い、争い、勝とうとしなければならないのか?

もちろん、そうしたい人はそうすればよいのであって、それはそれで見る人に感動を与えるかもしれない。しかし、人と争わない。相手をやっつけてまで勝とうとは思わないというのも人の情で、そういう価値観こそこれからの人類には必要なのではないか?
多様性(diversity)と包摂性(inclusivity)はともにサステナブルな社会のキーワードだと言われる。しかし、価値観の多様性は口先ばかりで、軍事力でも経済力でも運動でも、「勝つ」という一つの方向性に皆の関心が向いてきたために現代文明は崖っぷちまで来てしまった。この期に及んでいまだに、みんなで勝つ、つまり誰も負けないという理不尽な掛け声をinclusiveと勘違いしている。私はいつでも食われて死にたいと願っているのに誰も食ってくれない。

⑰生き物が見ている世界

2019.5月末日

ユクスキュル・クリサートの「生物から見た世界」(岩波文庫)を読んでいる。様々な生きものがそれぞれの感覚や経験で認識している彼ら独自の世界(Umwelt=ウンヴェルト)を

この本では環世界と訳している。我々人間は無知なくせに自分勝手で独善的だから、自分たちが住んでいる世界は一つで、その中に犬や猫や虫や花が一緒に生きていると漠然と考えている。しかし、生物界のほんの一部でしかない人間が五感でとらえ、頭の中で作り上げている世の中と同じ世界を生きている生き物など他にいるはずもない。我々に近いと人が勝手に思いこんでいる犬でさえ、部屋の中や街にあるいろいろなものは障害物以外の何物でもない代わりに、人にはわからない事柄を観たり聞いたり嗅いだりして知っている。犬ですらそうなのだから、蚊や魚や花や木がそれぞれの感覚と行動でとらえている世界はどのような世界なのか我々には想像すらできない。その想像すらできない環世界に思いを巡らせて、自分たちには分からないことが存在するのだということに畏れを抱きつつ尊重する姿勢があって初めて、地球環境問題などという途方もない課題に近づけるのだと思う。我々の環境に変化を与えれば、想像もできない多くの生き物の環世界がいやおうなしに捻じ曲げられて、その多くが絶滅してゆく。少し想像力を持てばそんなことは容易に分かるはずだ。

⑯床屋談議

2019.4月末日

速いねと 床屋談議に 桜(はな)が咲き

端居子(たんきょし)の句である。「また今年も桜が咲きましたねェ。ああ、また一年経ってしまった、速いもんだな。去年は見ごろが短かったが、今年はしばらく持ちそうだな。」床屋の主人と客の会話。時によると隣で散髪中の客か、順番を待っている客か話に割り込んできて、今年の花見はどこどこが良さそうだとか、ソメイヨシノは短命らしいとか、床屋談議に花が咲く。私の行きつけの床屋さんとはもう30年以上の付き合いだから、ほぼ同じ会話を30回以上続けているに違いない。日本人はこうやって季節の変化を繰り返し確認しながら歳を数えてゆくけれど、赤道直下の人々はどうやって経年変化を読むのだろうか。きっと我々には

分からない時間のスケールを持っているのだろう。もちろん、花や虫たちは人間など及びもつかない正確さで気候の変化を読みつつ季節の風景を作っている。君には季節感があるのかとうちの犬に聞いてみたら、質問の意味が良くわからなかったとみえてポカンとしている。

それにしても、気候変動などという不気味な呪文が現実味を帯びつつある。床屋に集まっては、かつて春になると一斉に花を開いた桜の昔話に興じる花咲かじいさんの姿が目に浮かぶ。

狂い咲き 狂わせ咲きよと 子に言われ

⑮読みすぎ

2019.3月末日

飲みすぎると胃腸をやられた挙句の果てに頭をやられるが、読みすぎると眼をやられるが頭は良くなるという。しかし、そんなはずはない。確かに読書は人を賢くするし人生を豊かにもするかもしれないが、それは幻想で実際には何も変わっていない。春になれば花が咲き蝶が舞うといってウキウキするが、杉の花粉を吸いこめばたちまち覚醒する。冬だって秋だって夏だっていつだって木も草も生きているし、虫たちも生まれては死んでゆく。雪や氷の中にあっても生きるべきすべての命は生きている。それでなければ命はつながらない。熱帯地方には四季などないけれど、しょっちゅう生まれてしょっちゅう死んでいる。そんなことも分からなくなってしまうのは、学校で本を読んで四季の美しさとか永遠の命だとか現実から目をそらす方法を学ぶからで、実際には淡々とした面白くもなんともない命のバトンタッチが年がら年中繰り返されているに過ぎない。自分もその一部であって一部でしかないということを忘れなければ、本を読んでも頭をやられないで済む。本だけではない。演劇も映画も音楽も歌も詩も絵画も工芸も何もかも真実を忘れさせる麻薬にすぎない。それだからすべてが面白おかしく楽しいのだ。ああ、また沈丁花の香りが私の頭を狂わせる。

⑭とうとう怒らせちゃった

2019.2月末日

世界中の子どもたちが怒っている。

地球温暖化と気候変動は20年前のシナリオ通りに進行していて、この先に見えてくるのはとても耐えがたい不安定で危険な自然環境と、不安に満ちた社会の中で暮らさなければならない人間の未来だ。その時の住人は一体誰なのか?それは金に目がくらんで何億年も地底で眠り続けた石炭や石油や天然ガスを掘り出して地球の表面を温暖化ガスとプラスチックごみで覆いつくし、森の木を切り倒して金になる植物や動物を育てて売り飛ばし、食い尽くして死んでゆく大人たちではなくて、今の子共たち、そのまた子供や孫たちなのだ。

「そうなることはわかっていたのにこれまで何も手を打たず、こんなにしといてまだ自分たちの利益のことしか考えない大人たちをどうして信じることができるの?そういうことは国連の偉い人たちに任せておいて、あなたたちは学校で勉強をしていなさい、と言われても何のための勉強なのかさっぱりわからない。私たちが教室にいる間にも世界はどんどん悪い方に進んでゆく。学校になんか行っている場合じゃないから、みんなで教室から飛び出して一緒に声を挙げよう。私たちの未来をめちゃくちゃにしないでって。」

50年前に気づいていながらなんとかしようともがきながら役に立てなかったおじいさんは申し訳なくって情けなくって、でも死ぬまでみんなを応援するからね。

⑬元号

2019.1月末日

気が付いたら来年になっていた。昭和が終わって行く頃のことを思い出す。
街中のネオンが消えた1989年の正月。東京タワーも夜は姿を消していた。
戦争で始まり、戦後の大騒ぎがバブル崩壊で終わりを遂げた昭和。
昭和天皇の崩御と大喪の礼。テレビでは、黒い幕が雨で濡れて風に吹かれる暗い画面が音もなく流され続けていた。
それは、20世紀から21世紀へと時代をまたぐプロローグのようでもあり、静かな反省の祈りのような時間であった。
垂れ目パンダのような赤縁眼鏡を掛けてあまり上手くない平成という字が書かれた色紙を掲げた小渕恵三官房長官の顔はちっとも面白くなさそうだった。

今年変わる元号は何になるのだろう。
いっそのこと、それこそパンダの名前のように国民から公募すればよいのにと思う。
平成という時代、昭和のバカ騒ぎのしっぺ返しで不況が続き、環境問題が暗い影を落とし、度重なる自然災害見舞われながら、じっと耐えてきた辛抱と反省の平成に代わって、私ならどんな年号を応募するだろう。

んんん・・と考えて「元気」がいいと思いついた。

2019年は元気元年だあ!
(注:東京オリンピックとは関係ありません。私はあれには反対ですから、念のため。)

⑫エコデザイン

2018.12月末日

年末になるとエコデザイン、つまり環境に配慮したデザイン・設計に関する学会や展示会が開かれる。1999年に開催したEcoDesign’99に私も実行委員会の一員として参画して以来毎年参加していたこの学会も20年近く続けるうちに、欠席することが多くなり今年は久しぶりに顔を出すことにした。発足当時は中堅だったはずの私もほとんど長老の仲間入りで懐かしいやら情けないやら、身の置き所に苦労する。それにしても21世紀を目前に控えて地球環境問題に立ち向かった頃の緊張感を維持しているのは高齢者ばかりで、若手の研究者にはなぜか覇気が感じられない。茹でガエルのたとえ話のように危機的状況が常態となってしまったせいなのだろうか。そういえば最近ヨーロッパで話題のExtinction Rebellion(エクスティンクション・リベリオン)、つまり人類滅亡阻止というような名前の環境活動集団もその中心メンバーは中高年が多い。そう思っていたら、スウエーデンの友人からCop24が開かれているポーランドや国連まで出かけて、地球温暖化を食い止めるために行動を起こそうと果敢に呼びかけているGreta Thunberg(グレタ・サンバーグ)という15歳の少女のニュースが入ってきた。彼女のスピーチは明快そのもので、その姿は目が覚めるようにすがすがしい。ああ、時代というものは順送りに段々と変わるものではなくて、leapfrogといわれるようにカエルが跳ぶがごとく一気に変化するものなのかもしれない。一少女にそんな期待をよせてしまうほど状況はひっ迫している。

⑪にゅうかん

2018.11月末日

入管法改正案とかいういい加減な法案が国会を通ったらしい。人口減少と高齢化で生産人口が減って社会経済が立ち行かなくなるから海外から労働力を輸入しようなどという、極めて自分勝手な考え自体間違っている。私がアメリカ、オレゴン州のポートランドに住んだのは6歳の時だった。引っ越した翌日に、チャキチャキヤンキーのお向かいさんが飛んできて、全身で歓迎の気持ちを表しつつも、僕ら兄弟の坊ちゃん刈りの頭を坊主にして、半ズボンをジーンズの長ズボンに履き替えるよう厳しく言いつけて帰って行った。その通りにして、全く言葉がわからないから家の前の縁石に腰かけていると、周りの子どもたちが集まってきてあっという間に遊び仲間だ。半年経つとみんなと同じにしゃべっていた。小学校に入って算数の時間に先生が九九を教えても誰もできない。私が勝手に立って行って黒板いっぱいにインイチガイチから九九八十一まで一気に書いてやると、たちまち学校中のヒーローになって休み時間に3人も女の子からプロポーズされた。斜めお向かいさんはお母さんがイギリス系、お父さんがドイツ系の移民だから夫婦げんかが絶えないと近所で笑っていた。私がそのままあそこに住んでいたら、ごく自然にアメリカ国籍を取っていただろう。日本に来て日本に住む人には他の日本人と全く同じ権利と義務を与えるべきで、それができないなら鎖国をしていればいい。

⑩とうきょう

2018.10月末日

涼しくなると思い出すのは、毎年11月3日の文化の日に祖父に連れられて行った明治神宮。私が子供のころだから昭和も半ばのことだけど、青山通りから右に曲がった途端、表参道の並木が明治通りの交差点まで真っすぐ下って、また少し上ったあたりに神宮の森がシンシンと控えるばかりで、他には何もなかった。世界中のファッションブランドが軒を連ねる今の賑わいはいかにも嘘っぽい。

私の家があった麻布から近いので、祖父はよく近くの六本木辺りへ朝の散歩に連れて行ってくれた。もちろん高速道路や高層ビルなど何もなくて、植木屋や材木屋のほかには和菓子屋が一軒あって、芭蕉の句だという(本当かな?)「鶯をたづねたづねて麻布まで」という色紙が張ってあった。かつては鶯の初音を求めて風流人が遠出をした、のどかな里山だったのだろう。
それがいつの間にか、日本中から、外国からも次から次へとよその人がやってきて東京をやかましいばかりで形の定まらない街に変えてしまった。

今、地域のデザインに関わりながら地方活性化などという言葉を聞くと、本当にそんな必要があるのかと考えてしまう。東京の真ん中でカランコロンと下駄を鳴らして歩いた気分のいい朝はもう戻ってこない。

⑨往生際の悪さ

2018.9月末日

1980年代以降使われてきたsustainabilityという言葉ほど重要でありながらあいまいな言葉はない。情緒的で客観性に乏しく、いかがわしくて押しつけがましいと感じる人も少なくない。今の時代を批判的に解釈するうえで欠かせない、グローバリズムや格差社会、環境問題など、他の言葉は抵抗なく使えるのに、サステナブルとかサステナビリティはなぜ「いかがわしい」と感じられるのだろうか?その原因は「持続可能」という日本語訳にあるのだ。Sustainabilityという言葉には続けられる、維持できる、耐えうるなどの意味があるけど、今の世の中を語る言葉として使われる場合に限って、実は、私たちの今の文明社会はもはやこれ以上続けられませんよ、次はどうしましょうか?という前置きがあってのことなのだ。それを日本語で持続可能と言い換えてしまうと、今の社会や経済や暮らしやらを何とか続けるためにどうしたらよいのかという議論にすり替えられてしまう。「さあ、おじいちゃん、お迎えが来ましたよ、遺産はどうしますか?」と聞かれているのに、「まだまだ未練があるから金借りてでもなんとかならないか?」とごねている往生際の悪さは、日本の言葉の美学にそぐわない。

 

曲がったストロー

2018.8月末日

世界中でプラスチックのストローを使わない運動が拡大中だ。鼻にストローが刺さった亀かなんかの写真が引き金だとかいうけど、発端は何であれ、なぜストローなのだろうか?
もともとストローはその名の通り麦わらだったし、1950年代までは紙製の筒だったのだからそれに戻せばよいわけで、現に今でも普通に買える。
東南アジアでは細いバンブーを使うし、別にプラスチックである必要はない。吸い口の近くが蛇腹になっていて曲げることができるのは、一杯のジュースか何かを恋人同士で飲むために工夫されたデザインなのだけど、曲がらなければお互いの額が近くなってますます結構なはずだ。最近は使い捨てない金属製やガラス製のマイ・ストローも売られているが、あの細い管の中をどうやって掃除するのかと考えると、あまりいただけない。

いずれにしても、ストローが無いからといって特に困るものではないし、やめてもらっても一向にかまわないのだが、その前に使い捨てプラスチックのカップや蓋をやめなければだめだ。間違ってもストローなしでも飲みやすいプラスチックの蓋なんかをデザインするのだけはやめてほしい。これ警告ですよ。

氷も溶ける暑い熱い夏の戦い

2018.7月末日

大変な暑さである。それに加えて洪水、竜巻、旱魃と、次から次へと異常気象のニュースの嵐だ。WMO世界気象機関は7月17日ノルウェー北部の北極圏で33.5℃を記録したと伝えている。もちろん観測史上最高気温だ。北極圏の海面温度が急上昇し、高さ100メートルを越える氷山が漂流し始めて海辺の村に迫るような事態も起きている。
こうして、1980年代からずっと言われ続けて誰の耳にも「聞き飽きダコ」ができた地球温暖化が理屈ではなく現象として現れ始めると、にわかに元気づく連中がいる。
その時儲かっていれば、将来何が起きようとそんなことはどうでもいい、不都合なうわさ話に耳を貸して金儲けの機会を逸するなどは愚の骨頂であると思っていた、その同じ連中が、危機を目の当たりにするや翻然、投機買いに走るのである。
「大氷山を削ったかき氷を売って村を救おう」ぐらいのことは平気で言うし、実際にやって見せるかもしれない。私はこういう馬鹿垂れ人間が大好きだ。好きすぎて抱きしめて絞殺してやりたいほどだ。

しかし、本気で許せないのは、何をすれば気候変動につながり、何をしなければそれを防げるのか、すべて承知の上で地球温暖化シナリオを仕組んできた連中だ。そいつらの裏をかくための戦略と戦術こそがサステナブルデザインなのだ。さあ、いよいよ暑い熱い戦いの幕が開く。

⑥コミューン

2018.6月末日

都会のビルが取り壊されると、気取った街並みの裏側が丸見えになるから面白い。東京青山通り、表参道の交差点近くのぽっかりあいた空き地に、仮設の飲み屋や屋台がいくつも建って、テントの中には雑多な椅子やテーブルが並んでいる。ちょっとした路地や自由大学という学校まであるその界隈(かいわい)にはCOMMUNE 2ndという名がつけられている。
ここで昼からビールを飲んでいると、宮城県石巻の津波で穴だらけになった街角に生まれたビニールテント街を思い出す。あの頃店を開いたのも客としてやってきたのも若者たちが多かった。金を持たない空腹はたまたま居合わせた大人が満たしてやっていた。そこには、同じ体験や想いを持った人たちが自然に集まる小さな共同社会、コミューンのような空気感が満ちていた。
都会には常に表と裏があって、面白いのは裏の方に決まっているから、表面に穴が開くと人が集まってくる。日本はこれから人が減って、街の様子も変わるだろう。地価が下がって空き地が増えたり、ピカピカの看板が古びたり、ほころびが目立つのは歴史のなせる業だからよしとして、水や施設の安全など、これまで築いてきたインフラを根気よく整備しながら隙間が多くて風通しの良い街に変わってゆけたらいいと思う。

⑤ヘッドハンター

2018.5月末日

最近仲間と話していて、求人難の昨今、ちまたでは転職を仲介するヘッドハンティングが横行しているという話になった。すると同席していたインドネシア人が、ボルネオ島にはまだ本物のヘッドハンターつまり首狩り族がいるという。

太平洋戦争中には侵略する旧日本軍の首も取ったという勇猛果敢なイバン族の長老の中には、一つや二つ狩った経験がある人がいて、そのコレクションを見せてもらうこともできるらしい。面白いのは、インドネシアでは今でもカリマンタン(ボルネオのインドネシアでの呼び名)出身の男性と娘が結婚することになると、家族は妙に緊張して気を遣うらしい。

ここではヘッドハンターが主役なのだが、リクルート的にはヘッドハンティングされるほうが話題の主だ。しかし、その人は以前の会社で頭に例えられるような賢い仕事をしていたから競合会社などに目をつけられて狩られる訳だが、切り離された首が元の体に付いていた時のように役に立つかどうかはなはだ疑わしい。

頸のすげ替えで増えるのは奇妙なコレクションばかり、というようなことにならないものかと、どこから頭でどこから胴なのか判然としないミミズのようなフリーランサーは余計な心配をするのだが。

④花粉病

2018.4月末日

大学時代の数年間を杉木立の中で過ごした後、卒業して都会に住むようになってから発症し、以来40年以上花粉症を患っている。当時は原因も分からず病名もなかった。洟が止まらず鼻血が出るから耳鼻科に行けば鼻炎、目が痛痒くて眼科に掛かれば結膜炎、咳やくしゃみが出て頭痛がすれば内科で風邪だろうと言われた。

年季の入った花粉症患者である私の場合、毎年暮れには兆候が表れ、スギにはじまりヒノキへと乗り換えながら、桜が散るまでの三か月余り、三寒四温の歩調に合わせ、マスク、目薬、箱ティッシュ、鼻洗浄に抗ヒスタミン剤と、薬局の季節商品を買いあさる春がやってくる。

戦後、杉の苗木を植えさえすれば一本いくらで補助金が出たので、山といわず谷といわず、岩の上に土をかぶせてまで隙間なく植えたという。誤った植林政策の結果、これだけ長い年月、延べ何億人もの患者に苦痛をもたらしてきた国民病をいつまでも花粉症などという無責任な名前で呼ばないで、潔くも重々しく「花粉病」と名付けるべきだと主張したい。

私は今日もまた、水をはった洗面器に顔を浸けて目玉をパチクリ洗いながら、花粉などとは縁のない金魚であった前世を懐かしんでいる。

③壁がこわい

2018.3月末日

7年目の3.11がやってきた。津波が襲った翌月に宮城県の石巻にボランティアで入って以来、被災地に何十回と通いながら被災地の変化を見てきた。人口減少と過疎化が進む日本の中で、あの災害をきっかけに失ったり離れたりした人が戻ってくるということは考えにくい。復旧とか復興とかいうけれど、本当は元に戻すのではなく、これまでとは違う新たな町づくり、新興でなければならないはずなのだ。コンパクトで住みやすい町、将来に向けて持続可能な新しいコンセプトの町づくりが行われるべきだとずっと考えてきたし、そういう意味でのお手伝いがしたいと思って通ってきた。ところが実際には広大な空き地の先に津波除けの巨大な壁がどんどん建てられている。総延長数百キロという三陸のリアス海岸から福島にかけて高さ10~15メートルの壁や堤を建て込んで、海の見えない町を作っているのだ。理論的にはすでに起きてしまった東北以外の、今後津波が来るかもしれない日本中の海岸に同じものを作らなければおかしいわけで、だとすれば2万キロを超える。地球一周の半分の長さだ。自然と共生するサステナブルな社会などと言いながら、全く逆なことを平気でやるこの国のセンスのなさには情けないのを通り越して恐怖を覚える。津波も怖いがもっと怖いのは自然に抗って勝てると思っている人の心だ。


②ブルネイ

2018.2末日

ブルネイに行ってきた。Brunei Darussalam(ブルネイ・ダルサラーム=サンスクリプトとアラビックで「船乗りの安らぎの住み家」というような意味)が正式名称のこの国はマレー半島の東にあるボルネオ島の北西の端に位置する小国だ。
インドネシアではカリマンタンと呼ぶこの大きな島の北西部はマレーシア領になっているのだが、その中の海際にちょこんと飛び地のように存在する、三重県ほどの大きさの独立国だから普段あまり話題にならない。
でも、東南アジア一の金持ち国だとか、税金がないんだとか、サルタン(王様)が自動車好きで世界の高級車1000台のコレクションがあるとか聞くと、ああ、あの国か、と思い当たるでしょう。
たまたまサルタンのおうちの前の海で石油が湧くことにイギリス人やオランダ人が目を付けたことから始まった石油産業が人口40万人のこの国を豊かにしているのだが、そこで一体、私は何の話をすればよいのか、珍しく悩んだ。
石油に頼っている経済はサステナブルではないですよ、なんて言ったところで、その最大のお客が日本なのだから話にならない。でも、本当のことだからそう言った。

そうすると、美しいヒジャップを身にまとった女性の姿が目立つ聴衆は、「その通り」と頷くのであった。お金持ちは上品で優しく賢いということを知らされた旅であった。
それに引き換え腹を減らした私たち日本人一行はレストランに急ぐあまり美しい芝生で仕切られた高速道路を走って横切るという愚挙を犯してしまった。自動車専用道路は高架か、せめて柵があるだろうという日本の常識は単なる思い込みであるということを思い知らされたのである。

 

①アレッポの石鹸

2018.1月末日

私は風呂ではもっぱらアレッポの石鹸を使っている。たまたま店で見た時になんとなく良さそうで、使ってみたら思った以上に良かったから手放せなくなった。説明書によると何千年も前からシリアに伝わるやり方でオリーブとローレルの油から作られる石鹸ということなので、なるほどと納得していた。

ところが、ニュースによるとアレッポはISISの活動拠点らしい。そこで作られる決して安くない石鹸を何十個も買いたしてきた私の金は、もしかしたら彼らの活動資金になっているのだろうか、という疑問がわいてきた。私が毎日風呂で泡だらけになるたびに誰かの命が奪われて行くのだとしたら極めて不愉快だ。しかし、もしかしたら石鹸職人とその家族たちはISISの支配下でも必死で石鹸を作り続けることでなんとか暮らしてゆけているのかもしれない。それなら応援しなければならない。さて、どうしたものか。 

最近、エシカル・コンサンプション、つまり倫理的消費という言葉をよく聞くようになった。倫理的に正しいと思う物やサービスを使おうということなのだが、さて、こんなとき、どうやったら倫理的に正しい行動がとれるのだろうか。

私の場合は調べることにした。まず、石鹸のラベルに表示されている輸入元や発売元に電話をかけて聞いてみる。通じなかったり、知らないと言われたりで、らちが明かない。ネットや広告など片っ端から調べてゆくが分からない。

使っている石鹸が段々ちびてきて、このままゆくと風呂で体が洗えなくなってしまうという頃に、ある薬屋の店頭で山積みになっているアレッポの石鹸を見つけた。表示にあった、いつものとは違う電話番号にかけてみたところ、やっと事情がわかった。

その石鹸の作り手は戦乱のアレッポを抜け出して隣国に逃れ、苦労の末同じ製法で作り続けているとのこと。ああ、それならばと倫理的に納得して5、6個買ってきたので、安心して泡だらけになれる。

しかしながら、ISISの側こそ倫理的だと考える人も少なからずいるということを考えると、倫理的消費と言ってもなかなか一筋縄ではいかないのが悩みだ。